白石達也の母から受け継ぐ料理の才能を活かした人生

白石達也は幼い頃から食事の手伝いをするのが好きな子供でした。母一人子一人の家庭ですが優しい母親からたくさんの愛情を注がれて育ち、特に母との食卓は幼い彼にとって至福の時間であったのです。母はキャリアーウーマンでしたが、日々の食事を一人息子と取ることを出来るだけ貫いた人でもありました。
白石達也は日々忙しくしている母との時間を楽しむため、少しでも多くの時間を共有しようと母がキッチンに立つ時には、常に一緒にいる子供でした。一方の母は料理の腕がたち、彼のリクエストにはほぼ答えてくれるのです。そんな母の調理する手元を見ている内に、白石達也はスライスされていく野菜の断面や、下味付けの醤油や黒胡椒の香りなどに興味を持ち、小学校に上がる頃には目玉焼きにサラダを付け合わせにしたプレートを自分で料理出来るようになっていました。また様々な食材や調理器具にも興味を持ち、小学校2年生に進級するお祝いにと、母からプレゼントされた専用の包丁セットを見た時は飛び上がって喜んだのを覚えています。祖父母は彼の誕生日やクリスマスプレゼントにゲーム等の玩具類を選んで贈りましたが孫の反応が悪かったことを彼が大人になっても笑い話にします。
小学校高学年になる頃には多忙の母に代わって、日々の料理は彼の分担となりました。自分の認識では得意料理を主にイタリアンとしていましたが、彼の母にとっては息子が作るだし巻き卵が一番好きな料理でした。当時子供だった彼は手の込んだ料理に対して母から評価されていないと思い込み、よく膨れていたのも家族にとって良い思い出です。
高学年になると家庭科の授業が始まりますが、クッキーの調理実習で教師が彼の才能に気付きます。地元で開催される小学生の菓子作りコンクールへの挑戦を促され、見事銀賞を受賞すると母が泣いて喜んだのを成人した今も忘れてはいません。

白石達也は菓子コンクールでの受賞をきっかけに料理へ対する思いが更に強くなっていきます。母や祖父母だけでなく、友人達が自分の料理を美味しいと喜んでくれることがとにかく嬉しかったからです。中学時代は女みたいと言われることもありましたが、まるで耳に入りませんでした。母から貰う小遣いのほとんどを料理本や調理器具に充てる程の料理への執着心は、母を少し心配にもさせ、中学生の男の子が喜びそうなファッション用品や、ゲーム機などを母の方から買い与えることも何度かあった程です。白石達也がプレゼントを前に困った表情をその都度見せるため親子喧嘩に発展することもありました。
高校への進学よりもコックの道に進路を決めたいと言い張る白石達也に当時の担任教師も母と一緒に彼の説得に尽力してくれました。高校受験をしたことを、成人後は良かったと思っていますが、中学生だった彼には大人に押し切られたようで何とも煮え切れない決定です。
彼の母はしょぼくれる彼を元気づけるために、昔から彼が一度味わってみたいと言っていた高級レストランへ高校の入学祝いに連れて行ってくれました。とても豪華な店構えやあまりにリッチな雰囲気に母が緊張しているのが分かりましたが、無理をしてでも自分の一つの夢を叶えてくれた母が愛おしく、彼が改めて母への感謝を感じた瞬間でした。
高級フランス料理の味わいは、とても繊細で、彼は食材の一つ一つを口の中でしっかりと味わい、プロの料理人の技に驚愕する程感動しました。一方でいつか自分もハイレベルな料理の世界に挑戦したいと強く感じ、また、目の前の料理を作った顔も知らない料理人の技へ嫉妬を覚える程、料理に対する強い思いを自覚した瞬間でした。

白石達也は大学進学を望む母の意見を受け止めつつ、高校卒業後は料理の専門学校へ入学しました。実は高校卒業後にヨーロッパへ料理の勉強をしに行きたい思いがありましたが、母の寂しげな様子を見て決心が付かなかったのが進学の理由です。
彼はすでに料理の基礎を身に付けていると自負していましたが、専門学校ではそのような思い込みは帳消しになりました。また、フレンチかイタリアンの料理人になりたいと思春期は常に思っていましたが、専門学校で和食の素晴らしさに気付かされ、専門学校の教諭から紹介された高級創作和食料理の店へ就職する運びとなったのです。
白石達也の才能を認めた教諭が口添えしてくれたおかげで料理人見習いとして入れた店でしたが、見習いの辛さは想像を絶するものです。日々先輩から怒鳴られながらも、白石達也は行動を起こすことが大切だと自分で学び、次々に脱落していく仲間たちを見送りながら、先輩の技を少しでも盗もうと努力をする日々を続けました。
数年が経ち実力が付いてきた所で、板長の退職と共に彼も店を辞さなければならなくなったことは現在でも悔やまれます。けれど、板長が彼の腕を潰さまいと大手ホテルチェーンに入っている和食料理の店へ紹介してくれたため、就職に困ることはありませんでした。ホテルでの板前仕事は前の職場よりも立場が下でしたが、新しい板長が自由に料理する環境を与えてくれたため、数年で見違えるほど実力を上げることになりました。現在は実績を重ね、独立開業する夢に向かい邁進中です。

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